さて、本日は先日投稿した一問についてお話しします。

実は、この謎は少しだけ自信のない状態で発信しました。
投稿する瞬間まで小さな引っかかりを感じていました。

一番の懸念は、伏字に対してあてずっぽうで文字を探さなければならないように見えてしまうのではないか、という点。
私にとっての謎解きとは、ちりばめられたヒントを元に、論理的に正解を導き出すものです。
勘に頼って空欄を埋める問題は、謎解きというよりもクイズに近いイメージを持っています。

この謎は、指定された写真で相手に伝える手段を当てはめてもらう仕掛けでした。たとえば、電話であれば「音」、手紙であれば「文字」です。アイテムの役割に注目すれば、自然と答えが浮かび上がるはずだと考えていました。

投稿後、違和感について改めて考えました。

電話の「音」に対して、手紙の「文字」という対比は、本当に美しいだろうか。電話を「声」とするなら手紙は「文字」ですが、電話の「音」に対するのは手紙の何だろう、と考えると、概念の軸が少しズレており、座りの悪さを感じました。
これでは解き手が論理的ではなく、あてずっぽうで文字を埋めることになってしまいます。

謎を作っていると、このように自分でも少しモヤモヤしてしまう作品が出来上がることがあります。
もちろん事前にボツとすることもありますが、今回のようにアップした直後に、粗に気づくパターンも少なくありません。

しかし、今回いただいた「良問」という言葉は考えを改めるきっかけとなりました。

私の謎解きを楽しみに待っていてくださり、実際に考えて楽しんでくださる方がいる。そして何より、その方にとって、最後にすっきりできる問題であったならば、それは立派な「良問」になる。

完璧な論理を追求することは大切ですが、それ以上に価値があるのは、解いた方が「よかった」と思ってくれることだと感じました。

これからは、もう少し気負わずに、私自身も楽しんで制作活動を続けていこうと思っております。
もちろんクオリティを疎かにするわけではありませんが、少しの歪さが残ったとしても、それも含めて「匙の味」として愛していただけるかもしれないという信頼を持って、より軽やかに仕掛けを練っていきたいです。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。